愛宕古墳 愛宕神社   茨城県  
茨城県水戸市のあじさいの名所を訪れた後、同じ水戸市内に県内最大級の前方後円墳があるとい
うので行ってみましたよ。古墳の周辺は住宅があり、木々も鬱蒼と生い茂っているので、近くで
見ても古墳の全体像がよくわかりませんでしたが、墳形や出土品から6世紀初頭に造られた古墳だ
と考えられているそうです。古墳の後円部上には愛宕神社が鎮座し、前方部は天満宮と参道になっ
ていました。
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愛宕神社駐車場
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国指定文化財 史跡 愛宕山古墳 現地案内板より
この古墳は全長136.5メートル(前方部幅75メートル、高さ9メートル、後円部径78メートル、
高さ10メートル)の規模を誇り県内最大級の前方後円墳である。
また有段の墳丘と、みごとに長く延びる前方部、東方、北西の一部に掘を残すなど、その古式
形態を保ち築造当時の面影を現代に伝えている。古墳の造営年代は、その墳形や後円部墳頂及
び裾部において発見された大型の円筒埴輪などから6世紀初頭であると推定される。
当時那珂川両岸におかれた仲国の支配者として君臨した首長の墓であることが考えられ、考古
学及び古代史研究の上重要な意義をもつ古墳である。
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石段を上り愛宕神社をお参りします。
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愛宕神社 現地案内板より
御祭神 火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)
朱雀天皇の治世、天慶元年(九三八年)に常陸大掾平国香(ひたちだいじょう たいらのくにか)が、
山城国愛宕郡(現在の京都市右京区愛宕町)の愛宕神社より分霊をいただき、常陸国府中(現在の石岡市)に勧請されたのがはじまりです。
長和三年(一〇一四年)には国香の子である大掾貞盛が旧水戸城内に安置し、さらに元亀年中(一五七〇年~一五七三年)には、領主江戸但馬守道勝が当社を水戸城外三の丸に遷座、一般の崇敬参拝が許されるようになりました。後の天正八年(一五八〇年)、時の領主佐竹義宣が現在地に移したと伝えられています。社殿は東方の水戸城を守護するとともに、火伏せ(火除け)の神様として広く信仰されています。
御利益
火防守護 家内安全 商売繁盛
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訪問時は社殿の修復中で職人さんが仕事をしていましたよ。

拝殿
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御本殿
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境内社
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拝殿を背にして古墳前方部を見る。
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天満宮が鎮座
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古墳前方部から後方部を見る。
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階段を下りると愛宕神社の入口に出ました。こちら側が表参道となります。
最初こちら側に車で来てしまいましたが、駐車場がなかったので、案内図に従って移動しました。
かなり狭い道だったので、ウシ夫君、曲がるのに神経を使っていましたよ💦
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手づくり感が感じられる♪愛宕山古墳の案内板
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