貫一お宮の像 静岡県  
静岡県熱海市の東海岸町国道135線沿いにある観光スポット「お宮の松」と「貫一・お宮」の像を見に立ち寄りました
尾崎紅葉の新聞小説「金色夜叉」の小説にちなんで、熱海海岸での別れの場面を再現した
主人公の「貫一・お宮」の像が建立され、そのそばにお宮の松と呼ばれる大きな松が立っています
熱海駅から徒歩15分、隣接して有料ですが市営東駐車場 があります
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熱海サンビーチからは熱海城が見えましたよ
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ヨットハーバーと熱海城♪
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ムーンテラスは恋人たちの聖地に認定されているそうですよ
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安政年間熱海で起こった漁民一揆の指導者釜鳴屋平七夫婦像 
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釜鳴屋平七 説明書より転記
安政の頃、熱海の浜に漁民一揆が起こりました。まぐろ網の権利をめぐり漁民と網元との争いが
日を追って激しくなり、こうした事態の中で網元の一人平右衛門の長男釜鳴屋平七は、他の網元たちのひどいやり方に反対し漁民側に同情、網元側から脱退、漁民に味方して解決をはかったが、争いは収まりませんでした。このため、平七らは漁民二百五十余人と共にムシロ旗を立て韮山代官所に押しかけ、平七は役人の制止を振り切って代官江川大郎左衛門に訴状を差し出しました。代表者平七ら七人は捕らえられ、首謀者とみられた平七は島流しの刑を受け、文久三年十月(一八六三年)江戸からは八丈島送りとなりました。しかし、船中での虐待で貧弱した平七は大島に降ろされ、十一月四日三十五歳で亡くなりました。漁民たちは平七の遺志をつぎ、長い間苦難の戦いを続け、ようやく勝訴を勝ち取ることが出来ました。星露百有余年、今もなお大衆の心に生きる義人平七の魂はここに眠っています。
                                     熱海市
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熱海サンビーチ
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貫一・お宮の像
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尾崎紅葉 説明書より転記
尾崎紅葉(1867-1903)
森鴎外等と並び明治を代表する文豪。胃癌のため35才の若さで惜しまれつつ世を去ったが、晩年、読売新聞紙上に連載した恋愛小説「金色夜叉」が日本全国の読者の熱狂的支持を得て、その舞台となった熱海海岸は一躍全国に知れわたった。以来、熱海市は国際観光温泉文化都市を標榜し、全国有数の観光地として大きな発展をとげ、今日に至っている。熱海市民は、尾崎紅葉先生の業績に感謝するとともに その遺徳を偲び「金色夜叉」の「来年の今月今夜のこの月を」の名科白で有名な貫一・お宮の別離の日、1月17日を記念日と定め、尾崎紅葉祭を開催している。
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お宮の松の由来
お宮の松は尾崎紅葉の小説「金色夜叉」に由来し命名されたもので、当初「羽衣の松」とも呼ばれていました
煙草王村井吉兵衛や土地の有志によって金色夜叉の碑が建立されたことによりお宮の松と呼ばれるようになりました
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お宮の松
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金色夜叉の碑  解説より転記
明治の分校尾崎紅葉の傑作「金色夜叉」にちなんで建てたものです。“宮に似たうしろ姿や春の月”・・・・・「終遍金色夜叉」を執筆した門弟小栗風葉自作の句が刻まれた記念碑です。
毎年1月17日にはここで尾崎紅葉祭が行われます。
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マンホールの蓋には熱海市の観光スポットを象徴する貫一・お宮、お宮の松と花火の絵が描
かれていましたよ
カラフルで綺麗♪
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消火栓の蓋には消防車の絵♪
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