村上城跡 新潟県 
標高135メートルの臥牛山の頂に築城された国指定史跡村上城跡を訪れました
山麓から山頂まで行って戻ってきて約1時間ぐらいでした
歴史を感じる石垣がとても立派でしたよ
ウシ子達が下山していると、先に追い抜いて下山して、また2回目の山を登ろうとしている年配の御婦人とすれ違いました・・・
1度登っただけでも、息切れしているのに2回目とは
体力増強のトレーニングをするのに丁度良い山の高さなのかモウ??
それにしても2回目とは恐れ入りました~
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駐車場 
無料です
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村上城跡 説明書より転記
この城は、室町時代以来この地方の地頭本庄氏の根拠地でしたが、慶長三年(一五九八)国替えでこの地に入った村上選頼勝が大改造を加え、その後、堀直奇、松平直矩によって本格的に築造され、三層の天守がその偉容を誇っていました。しかし天守は、寛文七年(一六六七)に落雷によって焼失し、以後、建立されませんでした。現在は、臥牛山の本城の諸郭や門、天守、櫓の跡がよく原形をとどめ、とくに三〇〇有余年の風雪に耐えた高石垣は当時の石工技術と力学の結晶であります。
別名、舞鶴城とも呼ばれました。
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山頂にはおトイレがないので・・・
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おトイレが心配の方は村上市児童公園内にある奥のトイレで用をたしてから行きましょう♪
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臥牛山登山入り口には一文字門跡の碑がありましたよ
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山頂まで約20~30分かかります
村上城変遷より転記
村上城は別名舞鶴城とも呼ばれ、標高135mの臥牛山に築かれた平山城です。
その歴史は戦国時代に遡りますが、近世城郭として発展させたのは、元和5年(1619)造営を行った、城主堀直奇です。戊辰戦争などで山麓の居館や多くの城門は失われましたが、山上に巡らされた石垣が往時を偲ばせます。
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城主居館跡
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小雨が降った後だったので地面は濡れていましたが、空気はしっとりとしていましたよ
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四ツ門跡
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中世散策コースは行かず山頂へ・・・
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臥牛山案内図
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御鐘門跡
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朝日・飯豊名峰の眺望
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どれがどの山かよくわかりませんでしたが、曇空の山並みの景色も綺麗でしたよ
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出櫓跡
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苔生した石垣が年月を感じさせます・・・
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石垣の種類についての説明書
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石垣の種類の説明書より
村上城の石垣には打ち込みハギの布積みが多用されていて、本丸南隅には、築城初期を窺わせる古相の「野面の乱積み」が見られるそうです
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戦国時代の村上城についての説明書
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埋門跡
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冠木門跡
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野面の乱積み
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本丸入口の鏡石
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臥牛山の山頂、天守跡
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鳥居の奥に秋葉神社の石碑がありました
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村上城の山頂に登ったご褒美はこの眺望♪♪
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