宮の八嶋 大神神社 栃木県
下野国庁跡に立ち寄った後、宮の八嶋大神神社の鳥居が目に留まったので、
お参りしました
下野国総社である大神神社には、境内に宮の八嶋と呼ばれる池があります
池には八つの島が橋で結ばれ、八つの島には
(筑波・天満・鹿島・雷電・浅間・熊野・二荒山・香取)の小さな祠がありました
お参りを終え帰ろうとすると、丁度団体客がバスでやって来ました
ツアーバスがくるほど名が知られている神社だとは知りませんでしたよ♪・・・
下野国庁跡に立ち寄った後、宮の八嶋大神神社の鳥居が目に留まったので、
お参りしました
下野国総社である大神神社には、境内に宮の八嶋と呼ばれる池があります
池には八つの島が橋で結ばれ、八つの島には
(筑波・天満・鹿島・雷電・浅間・熊野・二荒山・香取)の小さな祠がありました
お参りを終え帰ろうとすると、丁度団体客がバスでやって来ました
ツアーバスがくるほど名が知られている神社だとは知りませんでしたよ♪・・・
室の八嶋大神神社の鳥居
ウシ子は車から下りて参道を歩き、ウシ夫君はそのまま車で神社の駐車場へ行きました
長い参道 ここからはお社が見えません・・
参道の突き当りに大神神社の看板
左に曲がると境内らしい雰囲気がでてきました
参道の両側にはうっそうと茂る大木
大神神社案内図
やっと社殿が見えて来ましたよ
拝殿
御祭神
倭大物主櫛甕魂命 (やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)(大国主神)
崇徳天皇の皇子である豊城入彦命が奈良の大神神社の分霊を勧請したと云われています
御本殿
神楽殿
手水舎
境内にたつ御神木
写真左側は日本最大の広葉杉と云われています
左門神社
右門神社
左右に門がための神様がいらっしゃるとは、守りもばっちりですね♪
左側 祖霊 右側 大杉神社
福神社
奥の細道(松尾芭蕉著、元禄15年刊)
室の八嶋
八神(筑波・天満・鹿島・雷電・浅間・熊野・二荒山・香取)がいらっしゃいます
八つの神社を実際に鎮座している場所にお参りに行くのは大変ですが、
こちらで一度にお参りができるので楽ちんかモウ~
冨士浅間神社
神池に泳ぐ金色の鯉発見♪
開運♪金運アップかモウ?!
御朱印 500円なり
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ウシ子は車から下りて参道を歩き、ウシ夫君はそのまま車で神社の駐車場へ行きました
長い参道 ここからはお社が見えません・・
参道の突き当りに大神神社の看板
左に曲がると境内らしい雰囲気がでてきました
参道の両側にはうっそうと茂る大木
参道脇にたつ碑文より
奈良の都で孝謙天皇の御信任
が厚かった道鏡禅師は天皇崩御
まもない西暦七七〇年(宝亀元年)
下野薬師寺の別当として赴任の
際この室の八嶋神領に久しく
住んだと伝えられている
(室八嶋大明神勧進帳にあり)
二〇一〇(平成二二年)四月七日
道鏡を守る会
大神神社案内図
やっと社殿が見えて来ましたよ
拝殿
御祭神
倭大物主櫛甕魂命 (やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)(大国主神)
崇徳天皇の皇子である豊城入彦命が奈良の大神神社の分霊を勧請したと云われています
御本殿
下野惣社(史跡) 案内板より
惣社明神、室の八嶋明神ともいう。下野惣社として
知られたもので、祭政一致の時代、毎朝国司がおまい
りした神であり、それは下野国中に分布する神々にお
参りをする代わりにこの神社に奉幣する。いわゆる惣
社の神であった。
おおみわの神は大和の三輪神で、山そのものが御神
体として知られている。国司がその神をお迎えし、惣
社に相殿として祀ったものがいつの間にかこの神の名
を以って、おおみわ神社と唱えられることになったも
のです。
神楽殿
手水舎
境内にたつ御神木
写真左側は日本最大の広葉杉と云われています
左門神社
右門神社
左右に門がための神様がいらっしゃるとは、守りもばっちりですね♪
左側 祖霊 右側 大杉神社
福神社
奥の細道(松尾芭蕉著、元禄15年刊)
「室の八嶋」の条、本文についての説明書と碑
松尾芭蕉の奥の細道に「室の八嶋」について書かれているぐらい昔から有名な
場所だったらしい・・・
室の八嶋
八神(筑波・天満・鹿島・雷電・浅間・熊野・二荒山・香取)がいらっしゃいます
八つの神社を実際に鎮座している場所にお参りに行くのは大変ですが、
こちらで一度にお参りができるので楽ちんかモウ~
冨士浅間神社
神池に泳ぐ金色の鯉発見♪
開運♪金運アップかモウ?!
御朱印 500円なり
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