安房国分寺跡  千葉県 
国道128号線を館山方面へ車で走っていると、安房国分寺跡の看板が見えたので
寄ってみましたよ
国分寺とは天平13(741)年に鎮護国家を祈るために聖武天皇の勅願によって国ごとに建てられた
寺院で、金光明四天王護国之寺という僧寺と、法華滅罪之寺という尼寺があります
茨城県の国指定特別史跡常陸国分寺跡を訪問してからは、旅行先に国分寺跡があると
目に留まるようになりました♪
ここ館山市にもあったんですね~
安房国分寺跡は県指定史跡・市指定史跡に指定されています
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駐車場に車を停めて参拝開始です
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山門
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安房国分寺案内図
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県指定史跡・市指定史跡 安房国分寺跡についての説明書
安房国分寺跡の発掘調査によって、素緑七素縁七葉素弁蓮華文
(そえんななようそべんれんげもん)の鐙瓦(あぶみがわら)などのほか、
全国でも珍しい獣脚の形をした三彩陶器が出土しました
出土した遺物から、安房国分寺は奈良時代後半に建造されたものと考えられています
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礎石
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江戸後期建立 薬師堂 
ご本尊は薬師如来様
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五輪塔 南北朝時代 推定14世紀
完全な姿をのこすものとしては市内で最も大きく(全長103cm)、年代も最も古いものと
されています
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宝篋印塔
江戸時代(推定 17世紀以降)
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孝子家主の碑
孝子家主とはなんぞや?と思いググってみると
平安時代に親を大切にして評判になった安房国に住む伴直家主(とものあたいやかぬし)
という人物をいうそうで・・・
親が生きている時も大切にし、親が亡くなった後も、自分の食事や生活をきりつめて
親の墓や像を造り、生前と同じように食事を供え供養していることが朝廷の耳に入り、
朝廷から表彰されたそうです
子供からそんなに思われて、ご両親幸せだったかモウ~
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安房国分寺金堂跡の碑
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