国指定史跡上総国分跡 千葉県  
国指定史跡上総国分尼寺跡を見学した後、上総国分寺跡へたちよりました
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駐車場 無料
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西門跡
発掘調査により八脚門だということがわかっています
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 史跡上総国分寺跡   案内板より
国指定史跡上総国分寺跡は、市原が古代上総国の政治・
文化の中心であったことを象徴する歴史的文化遺産です。
上総国分寺(僧寺)は、寺域が13.9万㎡におよぶ、
武蔵国、下野国に次ぐ規模を誇る代表的な国分寺でした。
寺域のやや南西よりの南北219m,東西194mの範囲
に塀をめぐらし、伽藍を配置していました。伽藍配置は、
南大門・中門・近藤・講堂が南北に並び、七重塔は、
回廊に囲まれた金堂前庭の東側に配置しているものが
特色です。藤原京の大官大寺に類似しています。
 伽藍地の北東には政所院(東院と呼ばれていた可能性が
あります)、北西には蘭院、南には花苑などの
付属施設が配置されていました。ほかに講院・網所・経所・
油菜所・厨などの施設が置かれていたことが、出土した
墨書土器から推測されます。
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市指定文化財 将門塔(宝篋印塔)についての説明書
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市指定文化財 将門塔(宝篋印塔)
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市指定文化財 仁王門
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阿形
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吽形
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鐘楼
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ご本堂
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市原市指定文化財 茅葺き屋根の薬師堂
日本昔話の絵本に出てきそうな御堂です♪
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かえるまたには虎の彫刻
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市原市指定文化財 国分寺薬師堂附厨子についての説明書
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七重塔跡
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塔心疎
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国指定史跡 上総国分寺跡  案内板より
 国分寺は、天平十三年(七四一)聖武天皇の詔によって全国六〇余国に造営された僧寺
(金光明四天皇護国之寺)と尼寺(法華滅罪之寺)とからなる国立の寺院です。僧寺は釈
迦如来、尼寺は阿弥陀如来を本尊とし、国家を護るための金光明最勝王経、大般若経、法
華経の護国三法を根本経典としました。また、全国国分寺を統括する寺として、奈良東大
寺・法華寺を総国分僧・尼寺とし、ここに律令国家の目指した日本全土を仏法に護られた
地にするという仏教国家が完成しました。
 しかし、国家の崇高な理想とはうらはらに造営事業は困難をきわめ、その完成には、民
衆の労役と地方豪族の協力を得て、二〇年近くの歳月を要しました。
 日本の歴史の中で最大の国家事業であった国分寺も、国を護る寺であるがゆえに民衆の
支持が得られず、律令国家と運命をともにしました。個人の救済を目的とした中世仏教
は、こうした国家仏教の廃墟の中から次第に芽生えていきました。
                              市原教育委員会
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上総国分寺跡の周りは住宅地
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今まで史跡国分寺跡など気にもしませんでしたが、国指定特別史跡常陸国分尼寺跡
常陸国分寺跡に立ち寄ってからは、目に留まるようになりましたよ♪
ほとんど何も残っていませんが、昔の主要都市部に置かれた当時の面影に想いを
はせるのも楽しいかモウね♪
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