太田 生品神社 群馬県

車を走らせていたら、国指定史跡 新田義貞挙兵の地 生品神社の看板が見えたので、
矢印の方へ曲がってみましたよ♪
桜がきれいに咲いていました
境内は木々に囲まれて、凛とした落ち着いた雰囲気に満ちていました
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おトイレ前にあった新田義貞がプリントされた自動販売機に目が奪われます
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横側も手を抜いておりません 
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こちらは駐車場にたっていた立体的な新田義貞の銅像
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鳥居にかぶさるように咲く桜の花
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案内板より
国指定史跡 新田荘遺跡
生品神社境内
新田義貞が後醍醐天皇の綸旨を受けて、元弘三年(1333)五月八日、
鎌倉幕府(北条氏)討伐の旗挙げをしたところが生品神社境内です。
昭和九年に建武の中興六百年を記念して「生品神社境内 新田義貞挙兵伝説地」
として史跡に指定されましたが、平成十二年に「新田荘遺跡 生品神社境内」として、
面積を広げて指定されました。
義貞が旗挙げを行った時はわずか百五十騎でしたが、越後の新田一族などが加わり、たちまち数千騎と
なって、十五日間で鎌倉幕府を攻め落としたいわれています。
神社境内には、旗挙げ塚、床几塚があり、拝殿の前には義貞が旗挙げの時に軍旗を掲げたと伝えられる
クヌギの木が保存されています。
現在では、義貞挙兵の故事にならい、毎年五月八日、氏子によって鏑矢祭が行われています。
この行事は古くから神社に伝わるもので、旗挙げの時に鎌倉攻めの吉凶を占ったといわれています。
平安時代に編集された「上野国神名帳」に「新田群従三位生階明神」と書かれていることから、神社は
平安時代には存在していたと推定されます。
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神橋
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拝殿まで結構長い参道が続きます
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手水舎
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桜の花
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神代木
新田義貞が旗挙げの時に軍旗を掲げたと伝えらる櫟の古木が保存されていました
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小さい祠が沢山並べられていました
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拝殿
主祭神 大国主命
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ご本殿
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富士浅間神社
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